2013年5月19日日曜日

お礼


現在10名ほどの方にご賛同いただいています

勇気をもってこの運動に参加表明してくださった食口の皆様に
この場を借りてお礼を申し上げます。

このブログを読んでくださる皆様に、お伝えしたい私の気持ちはまだまだ書ききれていませんので、参加者一覧表のカウントはもう少し待ってから数字の公表をしようと思います。


私の現在の様子・事実を申し上げれば、このブログ・運動の構成や展開をどうするのか?という外的な部分での作業が精いっぱいで、とりあえず作ったというのが正直なところです。

しかし、ブログ村に登録したばかりで、十分に理解していただける内容も乏しい中で、これだけの参加の声と関心を寄せていただけたことは予想以上でした。

本当にありがとうございました。


私がブログ村の統一教会カテゴリーを見るようになって2年ぐらいになります。

インターネットというイノベーションによって社会はもちろんのこと教会の内部においても大きな変革が訪れているのを日々感じておりました。

教会の中にいる一食口の立場では到底知ることのできない情報や見識、多くの問題提起がなされ、考えさせられる事象が洪水のようにあふれています。もうすでに400を超えるブログが登録されていますね。

しかし、どのような立場(現状の認識)でブログを運営しておられるとしても、ブログという性質上、個人の意見や主張を中心としたものがほとんどす。
それぞれが、それぞれの立場で声を上げ情報発信している段階から、もうそろそろ次の段階・・すなわち何かしらの行動を起こさなくてはならないのではないかと考えるようになりました。

もちろん私は、簡単に言えば「統一教会このままではいけない」という現状認識の上に立っています。
この立場に立ってブログ運営しておられる方、また現場で話す食口たちの声は日増しに増えてきています。そのような多方面からの様々な声を聞きながら、大同団結することができ、現状を打開する最も効果のある行動とは何か?・・・と考えた結論が「献金をしない」と言う行動です。

このブログでは裁判の中止を求めることが「献金をしない」目的であると言う形にしてはいますが、事はそんなに単純なものではないと言うことを多くの方はすでにご存じだと思います。

訴訟を起こしたという事実の背景、食口が献金を捧げるという行為の背景にあるものは多くのブログで問題視され、指摘されている通りです。



神様、人の良心、道徳などを扱う宗教人同士が「裁判」という手段において決着をつけようとしているということ自体が、たとえどのような決着をみたとしても、私たちが願う本来の姿ではないということは言うまでもないことでしょう。

救いや悔い改めと言う信仰的美徳が、裁きや罰と言う現実に覆われてしまうということは悲しいことです。「神の愛」がこの世の「法」に隷属するようであれば、私たちの魂の救いや希望はどこに見いだせるのでしょうか?





韓国には「法は血を乾かす」と言う言葉があることを、つい最近知りました。

今、争われている大きな裁判に関しては、ほとんどがアメリカや韓国の法廷を中心になされており、しかも日本では殆ど聞いたことのないUCIやパークワン、統一財団などの企業や関係者によって係争中であり平信徒の感覚では理解できない雲の上のような話です。

このようなことは、日本の、ましてや地方の小さな教会の一食口には何の関係もないことのように思ってしまいますが、実は最もその影響を受けているのが末端食口たちであることを感じます。

もちろん裁判にかかわる関係者にも「血が乾く」という表現はピッタリかもしれませんが、最も血が通っていなければならい私たちの組織、人間関係が本当に乾いてきていることを、

教会で教会長が語る一言、

婦人部長が語る一言、

兄弟同士の間で交わされる会話の中で、痛切に感じます。


愛がない、情の通じない統一教会と昔から聞いてきましたが、今日ほどそれが顕著な時はなかったように思います。


法と証拠に基づいて決着をつけるところが法廷の場ではありますが
その審判台に私たちの魂が載っているとすればどうでしょうか?

有罪であろうと無罪であろうと、刑罰があろうがなかろうが
最高裁で結審したとしても、解決できないものが残るということを、私たちは皆知っているのです。

何がどのようにこじれて、このような裁判と言う事態になったのか?その真実は今となってはその審理、判決によって判断するしかありませんが、しかしそれですべて決着がつくとは到底思えません。

神様の子女として、親である神様の心情を酌んで、このような事態に至った原因が自分自身にも少なからずあると言う自覚をもてる方に、このメッセージを届けたいのです。


まだ裁判を止めるという選択肢と手段が残されているということに気づいていただきたく、この運動を企画しました。



あらためて、よろしくお願いいたします。