統一教会のなかで、日常的に聞く言葉です。当然、組織であれば上司の承認、指示なしに物事が進んでいくことはありません 堅固な組織として動く統一教会においても、それは例外ではないでしょう 。この世にはいろんな組織や会社がありますが、どんな物であれ組織が目指す目標や目的が人間社会の役に立ち より幸福な社会や人生を送るために、一人ではできないことを多くの人間が集まっで活動していくのが本来のあり方です。 しかしこれが、組織の論理や掟が優先され、倫理や道徳性を逸脱して適応されたときに、とてつもない悲劇が訪れるのです。
今回の千葉の件でその続報が上がっていましたので少し考えていただきたいと思います。この件はまだ真相がわからないですが、以前公表されカルト新聞に載った二世の衝撃の手記があります。昨年の被害弁連の集会におけるスピーチの内容です。 今の時を理解し、今後の人生・家庭のために祝福家庭の皆さん全てに全文を読んでいただきたい。
そこで今日紹介したいのは、 幸福の科学の元信者がこの事件に触れながら書いた「統一教会」と「幸福の科学」に見るカルト教団二世信者に共通の被害 [幸福の観測所]と言う記事です
一部引用します
「統一教会」二世信者の例 カルト新聞の最新記事で、
やや日刊カルト新聞: 茂原市の不明女子高生は統一教会二世と判明 このようなものがありました。
関連して、 やや日刊カルト新聞: ~ちっぽけな少女の話~ 統一協会・元祝福二世による衝撃の手記を独占掲載
こちらの記事を読みました。
「雪の降る中、何キロも離れた山の中に逃れた。追ってきているだろうか、霊界では大騒ぎになっているのだろうか。誰かが啓示を下して、私がどこにいるかを密告しているのではないだろうか。今戻れば間に合う、罪を犯さずに済む。そういった事をぐるぐると考えていた。とにかく霊界が恐ろしかった。 家を抜け出した私に行くあてがあるわけでもなく、そのまま公園のトイレや山奥の木々の間で眠った。 食料は木の皮や僅かに残る葉で食いつないだ。 雪の積る中で眠って凍死しなかったのは、幸運だったという他ない。そんな生活で何か月も過ごした。 けれど、罪の意識に苛まれた私は、自分の足で家に戻った。 その後、何度も脱走を繰り返し、山奥に逃れ、また家に戻るのを幾度となく繰り返した。言うまでもなく、戻ってからも軟禁生活は変わらない。 それから数カ月の間に私は『絶対服従』のフリをし、極めて親に対し従順になった。 『絶対服従』を体得したのだと、親は気が緩んだ。私はこの数カ月の間に決意したのだ。 20歳になったらここを出て、死に場所を探そうと。」
恐らく、今回の茂原市の行方不明の女子高生も、似たような心境だったのでしょう。 「幸福の科学」二世信者の例 程度の差こそあれ、「幸福の科学」二世信者でも、似たような状況を時々目にします。特に「とにかく霊界が恐ろしかった」などという感覚は、全く同じでしょう。
例えば、FILE057:voicee(ボイシー) - 幸福の観測所こちらの、「二世信者の洗脳過程の実例」をご参照下さい。 自殺未遂や、その後の「服従」に至る過程まで、全く同じです(本人がその「服従」を意識してやっているか無意識にやっているかの違いはありますが)。
または、 幸福の科学被害者の会2 こちらの「み」さんの9月13日の投稿をご覧下さい。 カルト信者家庭特有の問題が、「統一教会」でも「幸福の科学」でも同じように起きています。
「み」さんの投稿引用(鳥海が挿入)
| 投稿者:み 投稿日:2013年 9月13日(金)13時28分34秒 |
| 両親がKK信者で、産まれて物心ついてから、中学生くらいまでずっと信じてた。 きょうこさんのこととか聞いて、おかしいなと思いだしてからは、会員ではあるみたいだけど私は信じてない。 母親がなんかおかしくて、なんであのときこの宗教がおかしいって気づかなかったのか、本当に後悔してる。小さい頃(気付いたら)から希死願望があった。 躁鬱病が発覚してからも通院する病院はKK信者関係の病院ばっかで、うちが会員だと母が言ってから担当医からもKKの教えみたいなことを診断の中で言われたりもした。 家では手首を切るたび悪魔がとりついてると言われお祈りさせられた。私の病気を私の好きな映画などの作品や学校や先生のせいにされやるせなかった。 信じてない今でも、の映画や漫画や大川()の存在話で聞いた地獄の存在が怖くなって、自分の今までの行いが恐ろしくなったり、もし本当に死んでから先に死んだ身内が私の人生を見られるなんてことがあったらどうしようと延々と考えて、生きるのも死ぬのも怖くて絶望する。 たぶん生まれた頃からの私の中の常識が長いことKKだったから、この変な妄想というかマインドコントロールににたものは一生消えないんだと思う。 思い返してみたら、あのKKのせいで、私の18年の人生にまだ心の平穏を感じたことがない。 せめて、死にたいと思わない1日がほしい。 |
カルト側は、「問題ない家庭が大半である。信仰を持っていない家庭でも似たような問題は起きているのであり、特別に我々の教団のみに特有の問題というわけではない」という風に反論されることでしょう。
特に「幸福の科学」では「自己責任」という言葉が大好きであり、「仮に親が悪いとしても、天上界に居たときにそのような親を選んで生まれてきたのも子供である」という風に説明して、全てを子供の責任に帰してしまいます。 そういう思考法をするので、引きこもりの子供を持つ親が反省することは、決してありません。「子供が信仰を持たないのが悪い」という風にして、問題を起こした子供を更に深く洗脳しようと試みます。そのことを親は全く悪いとは思いません。
でも、傍から見ると、子供の信教の自由を奪う人権侵害であり、非常識なことを教え込む児童虐待です。 子供にとって、信仰を持つ親は、恐ろしい悪魔以外の何者でもありません。ところが、親は自分が絶対正しいと思っているから、絶対に自分の信仰そのものに対する反省をしたりはしません。
しかし、子供の中には、親が間違っていると思いながらも、やはり教えや信仰そのものが間違っているのではなく、自分の親だけがおかしいのだと考えたりすることもあります。 そうやって、健気にも粘り強く「親を変えよう」と努力することもあります。でも、それは無駄な努力です。親世代の染み込んだ「信仰」は、非常に頑固であり、容易には覆りません。子供に出来ることは、できるだけ親と距離を取ることだけです。できれば縁を絶ってしまうことです。そうする以外に、健全な精神を取り戻す方法はありません。
上記手記にも見えますが、親を信じたい気持ちと親に対する憎悪は混在しているものです。しかし、「自分の親は『毒になる親』である」ということを悟り、親に対する愛情を断ち切って自立する以外に道はないと私は思います。
引用以上
統一教会での現場の話を少ししてみます。
教会の二世の話で、「お母さんは好きだけど、教会のお母さんは嫌い」と言ったという話を聞いたことがあります『毒になる親』と同義でしょう。
親はというと、まず最初に、お父様が立てた統一教会は絶対に正しいと言う揺るがない信仰があります。 そして、その責任者の言うことも絶対に正しいと言う硬い硬い信仰があります。ですから、自分の子供も教会に通い真面目に礼拝に参加し、二世部に所属して頑張っていれば 自動的にいい子に育ち、素晴らしい二世となり、この世を天国にしてくれる旗手になると信じています。
これで本当にうまくいっているならば、こんな記事を書く必要はないのですが現実は二世祝福の成婚率が17%と言う嘆かわしい現実があることは以前お伝えした通りです 。
さて、親は自分の信仰というものを担保に、全て教会が責任をもってくれるもの、と言う幻想を抱いています。この幻想が大きくなればなるほど 親としての責任を放棄し、その責任を教会に転嫁していきます。コロコロ変わる教会長に個々の家庭の責任を負えるはずがありません、早く気づくべきなのです。
そして更に追い討ちをかけるように教会が難しいとなれば、そこで登場してくるのが清平です(教会の責任者も最近は清平依存が多いですが)。 ついに祝福家庭は霊界に依存するようになってしまいました。自分たちの責任を霊界の先祖(絶対善霊)に転嫁し、お金だけなんとかすれば・・という 短絡的な救済観に陥ってしまいました。
まとめると、祝福家庭が本来果たすべき責任を放棄し、その責任を教会と言う組織に転嫁して生きて来ました「アベルがそう言ったから!」と言いながら、み言や良心を棚に上げ自分の責任に目をつぶって突き進んできました。 そして、そこも責任を負ってくれそうもないことが分かると、今度は霊界の先祖に責任を転嫁して生きています、先祖解怨しておけば何か奇跡が起こると錯覚しながら・・・。 この責任転嫁の連鎖が、二世の尊い命を殺しているのです。 誰かに依存しないと生きていけない僕になっているのです。
天一国主人と毎日唱和しながら現実は僕という、これほどまでに見事な矛盾があるでしょうか?
総序にもあるように 「存在するものが、いかなるものであっても、それ自体の内部に矛盾性をもつようになれば、破壊されざるを得ない。したがって、このような矛盾性をもつようになった人間は、正に破滅状態に陥っているということができる。」「いかなる存在でも、矛盾性を内包したままでは、生成することさえも不可能だからである。」
氏族メシヤのみ言、訓読家庭教会のみ言、祝福家庭として果たすべきを責任をどれほど語られたかわかりません、そのようなみ言が中心者の一言でスっ飛んでしまう、組織の事情で消えて行ってしまう今のような状態で、問題なく御旨が進んでいるとすれば原理が間違いだということになります。
家庭理想実現を果たそうとする主人意識を持っているなら、み言にも良心にも符合しない指示に対して堂々とNO!と言うべきなのです。
さらに最悪なのが、真の父母様をダシにつかい自分の利益のために利用している奸臣達がいることです。真の父母様の許可を取ったと嘘をつくこと、あるいは事実と違う報告をして裁可を得ることがどれほど恐ろしく、悲惨な結果を招くのでしょうか。
このブログで取り上げている裁判も、以下のようなみ言葉改竄においても、すべて真の父母様が指示されたと言うことになっています。 幹部たちには責任がなく全てを真の父母の責任にして、使えなくなるまで使って使い物にならなくなればボロ布のように捨ててしまうのです。
お母様!本当に、深刻にもう一度考えて見てください! より抜粋
・・・結局、彼らは一様に「これは真のお母様の指示だから仕方がない」「これは真のお母様が御一人で決定されたものではなく、霊界にいらっしゃる真のお父様と共に決められたものだ」とし、すべてをお母様と真のお父様に責任転嫁しました。そして、真のご父母様のみ言の価値を守る為に勇気を出して出て来た食口に対して、一方的に「真のお母様の権威に挑戦する者」「摂理を破壊する者」として魔女狩りでもするように追い立てました・・・
お父様はこのように幾重にも転嫁された責任を子女様に負わせ、自らも背負って黙って霊界に行かれました、責任の多くは私たち祝福家庭にあります。イエスを十字架につけた以上の過ちを自分たちが犯していることをどれだけの祝福家庭が分かっているでしょうか?気がついて欲しい。
お父様の涙は外の人たちではなく、中にる私たちの為のものだったと悟るべきです。
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