2013年8月6日火曜日

これ以上ハゲタカに餌をやるな


たくさんのハゲタカが祝福家庭を狙い、善良な食口は物言わぬ子羊のようにただその身を捧げている。すべての獲物を食いつくしたハゲタカたちは腹を満たしてどこかに飛び去ってしまうだろう









再臨論に

「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」(ルカ一七・37)。イエスは弟子たちが彼の再臨される場所を問うたとき、このように答えられた。ところで我々は、アブラハムの祭壇に供えられた、裂かなかった鳩の死体の上に荒い鳥が降りてきたという事実を知っている(創一五・11)。これは、聖別されていないものがある所には、それを取るためにサタンが付きまとうということを表示するのである。それゆえに、イエスのこの最後の答えは、死体のある所に、その死体を取ろうとしてサタンが集まるように、・・・

とある

また幹部の蓄財疑惑が明るみになった。
とどまることを知らずハゲタカたちがその死体の上を旋回し、誰の目にも見えるようになって来ました

さて


「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」(ルカ一七・37)。
この聖句は、私がビデオセンターではじめて原理を聞いた時に一番印象に残った聖句でした。倉原ビデオの13巻目の講義で講師が引用した聖句です。この聖句を聞いた瞬間、体が震えるほどの霊的衝撃を受けたみ言でしたが、知的にはなぜこんな(気持ち悪い)聖句を逆説的に使って、再臨の説明をするのだろうかと不思議に思ったのです。しかしこの霊的衝撃は薄れることなく今日まで残っており、ずっと心にひっかかっていたのですが、今日の統一教会の腐敗ぶりを見るにつけ、この聖句が引用された理由がわかったように思うのです。

聖別されていないものがある所には、それを取るためにサタンが付きまとうということを表示するのである。

これほど分かりやすい説明もありません。 私たちたは付きまとうハゲタカたちを、もう既にたくさん見てきたのです。その原因はハゲタカにもありますが聖別されていない私たちの姿が、そこにあるからにほかなりません。

2000年前のイエスの時代も同様であったことを私達はもちろんよく知っています
「それから、イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り買いをしていた人々をみな追い出し、両替人の台や、はとを売る者の腰掛けをくつがえされた。そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈りの家ととなえられるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」  マタイ21/12・13

この聖句が今の教会にどれほど酷似しているでしょうか!?

それでは今日、イエスのように「売るものの腰掛けをくつがえす」者とはいったい誰でしょうか?
お父様は、もうメシヤの再臨は必要ないということを宣言されていますから、誰か特別なメシヤ的人物が現れるとは考えられません

今この時それをやるのはいったい誰でしょうか・・ そう! 私達、祝福中心家庭に他なりません
お父様は私たちにイエス様以上の位置で祝福を与えたとおっしゃいました。その価値を現し責任を果たすべき時はまさに、今でしょう!







ハゲタカファンド

経営危機、経営破たんに陥っている企業の債権や株式を買い取って、実質的な経営権を握り、企業を再生させ、企業価値を高めた上で株式を高値で売り、利益を上げること。ハゲタカファンドという投資方法が事業として存在しており、専門の事業者が存在する。


お父様の聖和により、文字通り”死に体”になった教会ですが、わずか一年の間に偽物の天聖経、経典を制定した。
これこそファンドマネーを生み出す「打出の小槌」でしょう。
実権を持っていたご子女様たちを見事に蚊帳の外に追いやり、その経営権を掌握するための偽憲法を制定してCEOであるお母様からもその権限を奪い取ろうとしているハゲタカたち・・・


この状況を打開する手立ては2つ

1 ハゲタカを撃ち落とすか?

2 私たちが餌にならないか?


どちらが簡単でしょうか? また確実でしょうか? 実行可能でしょうか?

裁判を長引かせ、潤沢なお金を使い、この世の法にその命を託す。そんな相手を簡単に撃ち落とすことはできません。一匹撃ち落としたとしても、第二、第三のハゲタカが群れをなして襲いかっかってくることを知るべきです。

もう餌になるのはやめましょう!


献金をストップしましょう!